2023年11月30日木曜日

社会人の一区切りを終えての自省(7年目)



この2023年が、自分の中で公私共に一つの区切りのタイミングだったので、
めちゃくちゃ久しぶりにブログを更新します!


大学卒業から7年が過ぎ、いつの間にか、会社でも家庭でも自分の立ち位置が変化してきているので、これまでの出来事や現在の感情を記録すべく、つらつらと書いてみようと思います。稚拙な文章ですが、もし興味を持って頂ける方がいればご一読頂けると嬉しいです。


ちなみに、後述しますが現在は育休中で、明日から復職予定のため最後の一日を謳歌している
現在でして、悲しさ6・期待4みたいな複雑な感情のなか書いております。。


まず初めに、今の状態を簡単にイメージで表すと↓な感じかなと。まだまだ道半ばですが、いま振り返ると、たくさんの人に支えてもらいながら、色々な経験をさせてもらったなぁ…と感じています。


『登山途中の小休憩』


以下、ちょっと抽象的ですが、前回の投稿(社会人3年目)以降での変化を列挙してみました。
自分用の備忘も兼ねて書いたので取り留めがなく申し訳ありません...



ーー


1)仕事
  1. プロジェクトマネージャー(プロマネ)として約4年が経過
    • 実際は特に決裁権もないので、中間管理職のようなポジション
    • ただトラブル発生時の方針策定や意思決定をする上では一定の影響力を持つ
    • 対社外(スポンサー・行政・地元住民等)としては現場における顔役
  2. 事業を通じて自分のマネジメント能力の未熟さを実感
    • チームビルディング不足、コミュニケーションでの苦労多数
    • リスク感度が低くく、判断が後手に回ることも多い
    • 適切なプロジェクト管理ができていない(遅延につながる)
  3. そして先日ようやく新卒2年目から関与していた事業が完工を迎える
    • ただ予定日から半年以上遅延し色々と苦しい状況
    • 私個人は、完工前に育休へ突入し、モヤモヤが残る
  4. 12月からは部署異動により職掌が変わる
    • 1つのプロジェクトマネジメントから、本社での横串機能の維持活性化へ
    • またチームリーダーとして別チームをマネジメントすることに


2)プライベート
  • 21年3月に入籍し23年9月に娘が生まれる。現在は育休を取得しており、10月、11月の2ヶ月は育児に専念
  • 2年かけてトライしていた中小企業診断士の試験に合格し一安心
  • コーチングスクールを卒業。国際資格の取得に向けてクライアント募集中
    (もしご興味ある方いればぜひご連絡ください!拡散していないですが、こっそりインスタも開設してます…)
  • あとは、数年後になるかもだけど、アメリカで環境経済学を勉強したいなぁと考えており、久しぶりにTOEFLの勉強を再開。少しずつ準備していきたい…



とまぁ、いろんな出来事がありましたが、やっぱり一番は、
「プロマネとして1つの事業の開発から完工までを経験できた」という事がとても大きな財産になりました。そのため、以降ではプロマネとしての振り返りを中心に記載させて頂きます。


ざっくりですが、以下の流れで触れていこうと思います。殴り書きに近い感じのため、読みやすい文章ではないことは予めご容赦頂けると幸いです。。


  1. 自分が感じたプロマネの重要性
  2. 組織を作ること、組織で動くことの難しさ
  3. 正解のない判断の難しさ。自分の未熟さ


ーー


ではまず、①プロマネの重要性について。


任命して頂いた当初(前回の投稿時)には、自分の事で精一杯すぎて中々周りを意識して、自分の役割や意義を考える余裕もなかったですが、長らく経験させて頂いた中で感じたのは、「プロマネがどれだけの熱量を持って事業と向き合えているか」が一番大切という事でした。


私のイメージでは、プロマネ=事業の心臓、というふうに捉えており、
脳や四肢や臓器(各機能や各関係者)に適切に血液を循環(情報を共有)させられるかが一番の役割だと感じています。


日々様々なトラブルが発生する中で、どの情報をどこまで誰に伝えるべきか、どのように伝えるべきか、などでいつも苦慮しておりました...
近しい関係者には、基本的に包み隠さず共有して誠実に向き合う。というスタンスが大事だと思っておりますが、時には相手の立場や背景に応じて誤解のないようにするために、必要最低限の情報のみをお伝えする、といった事もありました。


ただそんな中でも、よく起きてしまっていたのが「俺聞いてないよ問題」でした...
忙しさにかまけて情報共有が漏れてしまうと、メンバーのモチベーションにも大きく影響を与えてしまいますし、当然事業全体のスピード感の低下を招く結果にも繋がっていました。大事な情報、特にトラブル情報は "Bad News First" で、全体周知をしておかないと、いざという時に対応方針に反発を受けたり、関係者調整がうまくいかず対応が遅れてしまったり、という事が度々起きていました。


そのため、それらを回避するためにも、
事業の心臓であるプロマネが、きちんと熱量(=血圧)を維持して、情報(=血液)を行き渡らせる事がとても重要だとと考えており、自分が意識して取り組んでいた(実行できていたかは怪しいですが)プロマネの一番大事な役割だったのではないかなと思います。


あとは余談ですが、情報が大切であるという観点については、
経済学で出てくる概念の「情報の非対称性」とも繋がる部分があるなと感じていました。
今回の場合は、プロマネである自分に情報が集まり優位性を持つことになるので、その優位性をいかに分散させて事業関係者らとの信頼関係を構築するか。はたまた、それを上手く利用して事業を前に進めるかなど、表と裏を使い分けながら清濁を併せ呑む形でマネジメントしていた気がしております...


そういう意味で、何かの意思決定をする時には、自分がどのような方向性に持っていきたいかという方針に合わせて、情報をコントロールできてしまうため、常に、「この判断はプロジェクトファーストになっているか?」を自問自答しながら、恣意的に判断を曲げてしまわないよう心掛けていたつもりです。何度もあとから後悔することはありましたが...


そんなこんなで、失敗ばかりの中から学んだプロマネの重要性でした。
どんな仕事に当てはまる事かもしれないですが、「想像以上に仕事における大事な判断は、現場責任者の情熱や想いによって左右されるのかもしれない」という事に気づけた事はとても有り難い経験だったなと感じています。



ーー


次に、②組織の難しさについて。


これもマネージャーの大事な役割だと思いますが、組織づくりや仕組みづくりについても苦労の絶えない4年間でした。


というのも、上段で少し触れましたが、弊社のプロマネは名ばかりな部分も多く、明示的な決裁権や人事権(メンバー選択権)はなく、あるのは一次情報という武器のみ。みたいな感じでした。


そんな中で、会社の力学的な都合もありながら、色々な部署から集められたメンバーとプロジェクトを推進していくことになるのですが、上手くまとめられない事が多かったです...
プロマネ任命当初は右も左も分からず方針を示せないという事からの混乱でしたが、それに慣れてくると今度は、方針のすり合わせが上手くできないという壁に直面しておりました。


プロマネといってもやはり若輩で、他メンバーはほとんどが歳上で中途入社の専門職の方々になるので、立場や経験の差などから物事の優先順位が上手く合わないという事も起きておりました。少し具体的には、QCD(品質、コスト、納期)の内、管理側の事務屋としてはCDに目が行きがちですが、技術屋の方はCDを犠牲にしてもQを大切にすべきという想いを持たれている方もいらっしゃいました。特に年配の大手電力出身の方々とは、「QCDのバランス」で折り合いが付かない事も多かったです...


品質もコストも納期も、どれも大切という事は言うまでもないですが、限られた条件の中で妥協しつつもベストを探るという事が、できる時もあれば、できない時もあり衝突も起きてしまっておりました。どちらが正しかったのか答えはないですが、会社としては私の意見を汲んでいただく事が多く、それに対して会社に不満を感じ辞めてしまった方もいました。


そうしていく中で、気付けば初期メンバーが異動や退職で私以外は全員入れ替わり、最終的には全く別のメンバーと仕事に取り組む事になっていました。その後は細かな課題を色々と抱えつつも比較的同じ方向を向いて事業に臨めていたと感じております。一点目で述べたような情報共有については、日々考えさせられる事ばかりでしたが...


あとは、どれだけ良いメンバーが揃おうとも、組織としての仕組みをきちんと整える事はやはり大事だなぁとも感じました。ベンチャー特有かもしれないですが、これまでは全員野球スタイルで、明確な業務分担を決めるというよりは、みんながカバーし合いながら全員で何とかする。みたいな属人的なやり方が主流でした。


しかしメンバーの入れ替わりが起きると、当然それぞれの意識や考えにバラつきができてしまい、これ誰の仕事?のようなお見合いが起きることも増えてきて、変なわだかまりを作ってしまう原因にもなってしまいました。


そんな状況を受け、ざっくりの所掌区分しか定めていなかったものを、改めて少し細かめに見直して再周知するみたいな事も(普通の会社では当然と言われそうですが)取り組んでおりました。ただ、実態としてはまだ特定の個人への業務の偏りも多く、属人的なやり方から抜けられていないため、ちゃんと組織として機能する体制を整える。人に頼らず仕組みで回す。といった当たり前に言われている組織論の難しさを体感しております。


結局、組織面については、十分な成果を出すことなく休暇に入って異動することになってしまったので、他メンバーに対しての申し訳無さが残る形となってしまいました。何とか今後に活かしていけるように頑張ります。



ーー


そして最後に③自分の未熟さについて。


特に、正解がよく分からない状況で組織として意思決定し、プロジェクトを前に進めるという点にとても難しさを感じていました。


これもよく言われる事かもしれないですが、色々と情報がプロマネに集まるとはいえ、何かトラブルが発生して判断する時に、必要十分な情報があることは無く、いつも先行き不透明な中での判断が求められる事ばかりでした。


当然一人で決めることはないので、チームで議論しながら合意形成(決裁を取得)していく形ですが、スピード感も大切なため、先に触れた通りある程度の方向性は現場にいる所長やプロマネが定めつつ、代表者が判断するという流れでした。


ただやはり、一度判断したものの結果的にもっとベターな方法があったり、明らかに判断を間違えてしまう事もあり、そんな中で自覚したのが「リスク感度の低さ」でした。


もともと性格自体が楽観的なので、なんとかなる/なんとかする!や、このくらいのリスクなら許容可能かな?などいった判断をしがちで、それで上手くいくこともあれば、失敗に繋がる事も多くありました。中でも特に難しく、できなかったのが、トラブルが発生する前にお金と時間をかけて対処するということでした。


当然、まだ発生していないトラブルに対して事前処置を行うということ自体が難しいのかもしれないですが、何かちょっとしたリスクに繋がる予兆を正しく察知できるか、そしてそれに対して周りを巻き込みながら意思決定まで持っていけるか、は自分自身の中に強い信念と明確な判断基準が無いとできない事だなと感じています。


実際に起きていない事のため、どうしても「もう少し様子を見よう」と判断を保留にしてしまいがちで、結局事態が悪化するまでアクションできない、みたいな事ばかりで、本当に自分の中の弱さや楽観性(最悪の事態にはならないだろう的な思考)に流されてしまいました。


また、何か判断をする時に、「初めに最悪ケースを想定しておく」ということも良くやる手法かもしれないですが、自分が想定する最悪ケースが最悪じゃない。もっと酷いことになる。みたいな事もありました...


これは恐らく、既に追い込まれてしまっている状況で考えようとした時に、自分の性格も相まって、無意識にブレーキをかけてしまったり、そもそも考えたくない、みたいな想いが根底に潜んでいたように思います。自分の事を理解しているつもりでも、いざその瞬間になって色々な環境要因から来るプレッシャーを感じると、自分の弱さに負けて本来のすべき事ができていないみたいな事が起きてしまっていたな、、と今振り返って感じています。


とにかく冷静さを保ちニュートラルに考えられる環境を作ることは、これから意識していこうと思います。コーチングと似ている気がしますが、嫌だなぁと思う出来事が起きた時に、感情と事実を切り離せるように、そして焦らず判断ができるように、日々精進しなければと改めて思わされました。



ーー




ダラダラと思いの丈を書いてしまいましたが、約4年間のプロマネ経験を経て感じたこととしては、こんなところかなと思います。もっとありそうな気もしますが、今思い出せる事としては以上なので、ひとまず駄文はこのくらいに留めておこうと思います。汗


あとは最後になりますが、改めてここまで自分に関わりプロジェクトの完遂に向けて、全力を尽くして頂いた方々への感謝の念に堪えません。


・そもそもめちゃくちゃ新人だった自分にプロマネを任せて頂いた方
・現場メンバーの不足により技術責任者として緊急で東京から現場に移動してくれた方
・本社にいながら、もはやプロマネだと思うほど常にサポートしてくれていた方
・現場で唯一の後輩で死ぬほど無茶振りに応えてくれた方


その他のチームメンバーや現場で難しい状態をいつも助けてくれる社外のパートナーなど、挙げれば切りがありませんが、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


そして何よりも、サポートもあまりできない中、結婚式〜妊娠〜出産と頑張ってくれた妻にも感謝しています。育休中で少しだけですが子育てに触れて、大変さと楽しさを実感したので、これからは仕事だけでなく家庭の充実も図っていけるように、努力しようと思います。



今回、2ヶ月間の育児休業を頂けた事で、家族と過ごしながらゆっくりと過去を振返り、今後に向けて気持ちを新たにすることができたので、とても有意義な時間でした。まだまだ至らない点ばかりの私ですが、これからも変わらず頑張っていこうと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!


2020年6月21日日曜日

どろぬまの3年目


お久しぶりです!またしても1年ぶりの更新です、、
社会人になりはや3年が経ち、ついに4年目を迎えましたので、
昨年度の備忘録を残しておこうと思います。

1年目『崖上り』、2年目『シャトルラン』対して、3年目は『どろぬま』でした。笑



どういうことかと言うと、、
与えられた役割に対して、そもそもやるべき事が分からず、泥沼にはまって身動きが取れていませんでした。2年目が割といい感じにやれていたので、その反動でだいぶ辛い一年を過ごしてました。いやー、いつまで経っても山あり谷ありです。。


さて、3年目にやってた事としては、「プロジェクトマネージャー」というお仕事でした。
カタカナでなんだか格好良く見えますが、実際はいわゆる中間管理職みたいなもので、色々な立場の方々(社内外)の板挟みにあってました。笑


自分が選ばれた背景的にも、抜擢されたわけではなく、適任者がおらずとりあえず吉田にやらせてみるか的なノリで回って来ていたので、ある意味ラッキーですが、その分実力が伴ってなかったので、まじしんどかったです。。
無茶振りが多めな会社のため、細かく指導してくれる人も少なく、とにかくトライ&エラーを繰り返すことで少しずつ改善を積み重ねてましたが、基本は昨年は失敗ばっかで満身創痍でした。。


一年通じて色々ありましたが、特に大変だったのがチームマネジメントでした。
発電所建設のリーダーを任せてもらえるのは光栄ですが、メンバー全員が自分よりも歳上で経験も豊富な人たちばかりのため、自らが主張して周囲を引っ張るみたいなことが出来ず(私の性格的な問題もありますが…)、全員バラバラでチーム崩壊気味という最悪な状態でした。笑


そんな状況のため、ずっと愚痴(かなり激しめ)を漏らしてましたが、このままじゃまずいなとも思い、少しずつアクションを起こしておりました。1)自分が頼れる人を引き摺り込み、2)上司の力もうまく拝借し、3)自分が現場に出て陣頭指揮をとる。こんな感じの順番でPDCAを回していたように思います。ただ全てに共通して言えるのは、自分が一番頑張る。死ぬ気で働く。ということが一番大事かなと思っております(体育会系の根性論で申し訳ありません…)



以降、備忘のため少し細かめに記載しますので、読み飛ばして頂いて構いません。



ーーー

0)死ぬ気で頑張る
 メンタル面の話になるため参考になるかは分かりませんが、どんな時でもとりあえず全力で頑張る事だけは意識して励んでおりました。頑張っていない人は誰も助けてくれないと思ったので。時には色々な仕事が重なってまぶた痙攣したりしてましたが、それでも何とか気合で乗り切った一年間でした。
 3年目でちょうど新卒と責任を持って仕事をする中間のような立ち位置(自己認識)を持っていた事もあり、色々な雑務もあるし重ためな仕事もあるし…みたいな感じで、キャパオーバー(疲労困憊)に陥ってました。が、それでも頑張りました。笑



1)頼れる人を引きずり込む
 ベースとして死ぬ気で頑張りつつも、一人ではもう無理だと思い、誰か信頼できる人に入ってもらおうと画策してました。ただ周りの人たちも色々とプロジェクトを掛け持ちしており、既に忙しい人ばかりなので、どうやって手伝ってもらうか思案した結果、方々に泣き寝入りをするという手段を取りました。。笑
 1年目と同じで周りが「吉田がそろそろヤバイぞ」と、なってきていたので、意外とスムーズに追加人員をアサインしてもらえました。ただ、チームに入ってもらったのは良いものの論点整理もできておらず(どうすれば良いかも分からず)、荒れ果てていたのでその方にとても迷惑をかけてしましました…
 でも一人で全てを抱え込まなくて良くなり、分散して責任を持ってもらえたことで少しだけ心に余裕を持つことができ、現実(全く何もできていない)を直視できたように思います。



2)上司の力を拝借する
 プロマネに任命された(正式にはきちんと言われず、紙でぺらっとPM=吉田って書かれてた…)当初は、現状整理もできていなかったので、上司への報告もうまくできず、荒れる現場と不安が募る上司(+社外スポンサー)の間で、もがき苦しんでいました。笑
 ただし、1)で体制補強したことで少しずつ全体把握が進み、論点を明確にしていくことができました。その結果、関係者への報告についてもある程度まともなものになり、状況がよく分からん…という不安は払拭できました(たくさん課題は残ってますが)。
 上司との関係性を少しずつ強化できたことで、課題に対しての対応方針などを細かめにすり合わせておき、現場の先輩方に対しては上司の力(権力)を借りて指示を行うようにしてました。その内に次第にチームとして大方針に基づきまとまりを持って行動を移せるようになりました。



3)自分で現場に出る
 そして最後は、全体でチームとしての動き方を明確にした上で、自分自身が現場に出て一次情報をきちんと把握することを行いました。それまでは、メンバーに動いてもらい都度報告を受けてましたが、そもそも報告が無かったり、何が事実かよく分からなかったり…という事が続いていたので、これを変えないと正しい判断はできないと思ってました。
 周りの人からはマネージャーがやるべきは、チームに動いてもらった上で、全体を把握していくことだ。と言われてました(実際その通りかも知れません)が、この混沌とした状況ではそうも言っておれず、そもそもプレイングマネージャーが前提なので、自ら動いてまず一つ一つ丁寧に事実の把握を行いました。そして事実に基づき再度上司との方針整理(修正)を行い、チームで分担しつつ地道に課題解決に向けて動いていきました。他にもスマートなやり方があったのかも知れませんが、個人的には泥臭くやる事の方が向いているようなので、結果よかったかなと思ってます。



ーーー


長々と書いてしましましたが、
兎にも角にも、どうやって上手く『周りを巻き込む』かを意識した1年でした。自分の力不足が故に、いろいろな人を巻き込み過ぎてカオスになった時もありましたが、1年かけて少しずつ整理整頓出来てきたかなと思ってます。



今振り返って書いていても、かなり濃いめの一年だったなと、、



そんな中で、学んだこととしては、
小手先のテクニックよりもやっぱり想いの方が大事なのかな…と思いました。


誰よりも事業のことを考えて行動しているか?責任感を持って発言しているか?そんな姿をどれだけメンバーに見てもらえるかが、特に私が置かれた状況(歳上の実績豊富な人たちばかり)では、大切だったように思います。時には人生の大先輩に失礼なことを言う必要もありましたが、根本にプロジェクトを思う気持ちがあることを共有できていたので、関係性を悪化させることなく進んでこれたのかなと思います。


まだまだプロジェクトは続く(あと3年くらいで完工予定)ので、このありがたい役割を任せてもらっている状況を活かして、出来る限り成長していきたいと思います。


今年の目標としては、自他共に事業のリーダーであることを認めらること。と考えております。吉田のためになら、、と言ってもらえるように日々全力で仕事に励み、まずは社内の信頼を勝ち得ていきたいです。その上で、プロジェクト関係者がたくさんいるので、上手く利害関係を調整しながら事業を推進していこうと思います。



そんなこんなで、いろいろありましたが、
急に任せて頂いた仕事の職掌に実力がついていかず泥沼にはまった一年間でした。笑



——
P.S.

少し別の話になりますが、4年目にかけて取り組んでいることとして、
コミニュケーション能力の開発でコーチングの勉強をしています。。これが結構興味深くて面白いのですが、その研修の一つでクライアントとして皆さんにご協力いただくかも知れないので、この場を借りて宣伝させて頂きます。笑

あとは、4月からは新卒5人が入社しさすがにもう若手でも無くなってきた感じなので、しっかりと先輩風を吹かせられるよう、今年も全力で走り抜けたいと思います。









2019年4月14日日曜日

シャトルランな2年目

1年ぶりの更新ですが、気付いたらもう前回の更新から1年が経っており、サラリーマン生活も3年目に突入してました…(早い!)

なので、このまま時の流れにのみ込まれてしまわないように、区切りとして振り返りの投稿しておきます。

1年目の総括を『崖登り』としたのに対し、2年目は『シャトルラン』だったなと感じています。
というのも、今年は1年目で走り方(崖の登り方)を覚えた事で、目の前の課題1つ1つに対してがむしゃらに走り抜けた年でした。シャトルランなので、ゴールは無くとりあえず限界まで、ただただ往復してました。笑

(2年目はこんな感じ↓)
関連画像


「本当に限界まで走り切れたのか?」という疑問はさておき、振り返えると頑張った分が結果(往復した回数)にも繋がり、1年目の苦労を活かして頑張れたと思ってます。それなりに周囲の先輩方からも信頼を得ることができ、仕事も任せてもらえるようになりました。

ただ今の現状に安寧しては、成長が止まってしまうという危機感もあり、もっと貪欲に3年目を過ごさないといけないなとも思ってます。

そんな感じの2年目ですが、具体的には以下の事をやってました。
なかなか伝わらないとは思いますが、備忘のため記載させて頂きます。

  • メイン(案件開発)
    • 1)プロジェクトの一部分を主導(コンサル対応)
    • 2)メーカーと、社内技術チームとの調整窓口(論点整理と工程管理)
  • その他
    • 3)取締役へ社内案件の報告(比較資料作成のための情報収集と整理)
    • 4)海外出張 in 中国
    • 5)資格取得(ボイラー技士2級)

いざ思い出そうとしてもあまり思い出せませんでしたが、
だいたい上記のような事に時間を費やしていました。たぶん笑

その他、下っ端という立ち位置は変わらないので、細々した依頼は相変わらず色々な所から飛んできてました。意外とこれに掛ける時間が長かったかも。
(しかしついに4月から後輩ができました!)

1年目は周りの要求レベル・スピード感について行けずに辛かったですが、それをなんとか乗り越え、2年目になってようやく仕事の全体感が見えるようになり、その中で自分に出来る事をこつこつ積み重ねたことで評価を頂きました。

少し具体的に書くと、やった事としては主に2つで、

  • 1)頼まれた仕事は基本断らない
  • 2)周囲の先輩とのコミュニケーションをたくさん取る

を意識していました。

1)仕事を断らない。については、
どんなに面倒くさそうな仕事でも全力で取り組み、アウトプットを出していく事をやっていました。そうすると、段々と「あいつにお願いしたら何とかしてくれる」みたいな雰囲気になり、色々な仕事を任せてもらえるようになってきました。(単に会社が人手不足なだけですが...)

そして並行して、2)先輩とコミュニケーションをたくさん取る。ことにより、
依頼を受けた仕事が、「自分1人では分からない事、できない事」であっても、社内にいる経験豊富な先輩たちに相談すれば、解決の糸口を見つけることが出来ました。

もちろん、むやみに先輩の時間を奪うのは良くないので、詰められるところまで自分で考え、不明点や依頼したい事を明確にした上で相談に行くと、みんな優しく指導をしてくれます。(タイミングは考える必要がありますが、1)で一生懸命さが伝わっていたからか、皆さん嫌な顔せずに教えてくれました)

そもそも新卒なんて、専門性もないし1人で出来る事には限りがあるので、どれだけ周りに力を借りれるか(=借りれるような人になるか)に、勝負が掛かっているように思います。2年間で色々な業務をこなしましたが、どれも1人で出来た仕事はなかったです。


そして、出来た事ばかりを書いていますが、失敗もたくさんありました。周りにも迷惑をかけました(僕のせいでプロジェクトが遅延しそうになった)が、やはり先輩方のサポートのお陰でなんとか乗り越えることができました。ただただ感謝あるのみです。



とまぁ、業務上の思い出はこんなもんで、その他【環境の変化】も大きくありました。



とにかく人が増え(入社時よりたぶん50人くらい増えた。90人⇒140人)、20代くらいの若い人たちもたくさん入社してきました。(先述の通り部署に新卒も入ってきました)
おかげで僕にとってアットホーム感が強くなってきました。
それ自体はとても良い事ですが、ただ1年目と比べるとサバイバル感が減ったな、、、とも思います。笑

また、2年間いろいろ頑張った結果、褒められることが増えました!(マジでありがたい。涙)
しかし同時に、過大評価をされているような気もしており、なんだか気持ち悪さを感じます。


個人としては、3年目もまだまだ成長しなければ。と思っているので、信じて頑張ります。


今年の目標は「量から質へ」をテーマに業務改善を図っていきます。
具体的には、日々のタスク管理と振返りでの作業効率化や、私生活の改善を心掛けて、日中により高いパフォーマンスを発揮できるようにしなければ、、と思ってます。あとは専門分野の確立も。

2月に会社の近くに引っ越し、頑張る環境も整ったので、後はやるのみです。
がむしゃらに往復する『シャトルラン』から今度は、1本ごとの走りを大切にする『100m走』に変わるよう、質を上げる事を目指して頑張ります。


皆さんも今年1年楽しく頑張りましょー!
引き続きどうぞよろしくお願いします。



2018年6月24日日曜日

サラリーマン1年目


久しぶり(約1年ぶり)に更新します!

社会人になってからも、継続して記録を付けようと思っていたものの、
毎日に必死過ぎて余裕も気力もなく、全く更新できていませんでした...

なので今回は、新年度が始まり早3ヶ月が経過しますが、
去年1年間の自分のサラリーマン生活を振り返ってみようと思います。

一言で振り返ると...『崖登り』的な一年でした。
(精神的にも、能力的にも大変でした。まだまだこれからですが...)

↓イメージこんな感じ。笑
「climbing up a mountain」の画像検索結果

どういう事かと言うと、、、
のんきに大学生活を終え、社会人として働き始めたものの、周りの先輩方からの要求水準と、自分が出せるアウトプットのギャップが非常に大きく、まるで自分の目の前に断崖絶壁が表れたかのように感じておりました。

留学以降、緩やかな上り坂(もしくは平坦な道)を楽々と歩いてきた僕にとっては、想定以上の絶壁にぶつかり悩み苦しみましたが、昨年1年間を掛けてやっと、その絶壁の登り方を身に付けてきたかなと思います。

具体的な苦労の中身としては、
固有のものもあると思いますが、社会人1年目の人に共通する事もあるのではと思うので、つらつらと以下に列挙してみます。

ーー
  • 人間関係(メンタル面)
    • 会社のアウェー感がすごい
    • まわりの社員が優秀過ぎてビビる
    • 意外と体育会系でとりあえずよく怒られる
  • 業務内容(スキル面)
    • 仕事の全体感が全く分からない
    • 報連相の仕方が分からない
    • そもそもOn the Job Trainingが雑すぎる
ーー

ざっと思いついたのは、このくらいですが、
他にも業種や立場ごとで色々あると思うので、素敵なご経験のある方がいましたら、ぜひご共有ください...笑

まー色々ありましたが、これらをどのように乗り越えたかを、
以下で簡単に記します。大きく分けて3ステップです。
(あくまで僕のやり方なので参考までに)

ーー
  1. とりあえず色々と慣れる
  2. 自分のコンフォートゾーンを確保する
  3. とにかく改善を積み重ねてPDCAを回す
ーー



順番にいくと、まずは『慣れる』に関して。(これが一番重要だと思ってます)

入社直後は、右も左も分からない状態ですが、弊社はまぁまぁ鬼畜な事に速攻で実務を任されます。(経験としてはいい事かもしれませんが)

ですが、仕事の進め方も全く分かっていないため上手く対応できず、締め切りに遅れやっとできた成果を報告しても、「全然できていない」と言われる事が多々ありました。

そんな事を繰り返しているうちに、報告する事自体が嫌になり、そもそも業務が進捗しないという最悪の状態に陥っておりました。

しかし、さすがにそのままでは " クビ "になると思い(辛いからクビになっても良いかなと思ってた)、まず心掛けたのが『怒られ慣れる』という事でした。笑


今振り返って思うのは、怒る方もエネルギーを使うという事。

初めは怒られるたびにイラついたり、落ち込んだりしていましたが、捉え方を変えると、わざわざ大変な時間と労力を使って自分に指導をしてくれている。また、今後自分が経験を積めば積むほど怒られる(指摘してくれる)機会は減っていく。(⇐今しかないチャンス)

みたいな感じでポジティブに、脳内変換をする事で、失敗して怒られる事にも慣れてきました。(上司も次第に怒り疲れてきたようでした。笑)

そうして、とりあえずアウトプットを出しては怒られるみたいな生活を1、2ヶ月くらいは続けているうちに人間やっぱり凄いもので、仕事にも環境にも少しずつ慣れてきます。
=若干ですが出来る事が増えていきます。(雑務のこなし方や報告相談の仕方などを覚えるなど)

そしてそれが結果として、「お前、頑張ってる(成長してる)なぁ~」みたいな感じで少しずつ怒られる事も減ってきます。これが1stステップ。




次に2つ目が『コンフォートゾーン』に関して。(1つ目と共通かも)

そもそもコンフォートゾーンとは何ぞやですが「居心地がいい場所」という意味です。
どれだけ怒られ慣れても、社内に自分が安心できるスペース(人)を確保できないと、やはりしんどいものです。

僕の場合は、同期がほぼ0人(半年先に入社した年上の人が1人)という状況であったため、意外とここが深刻な問題でしたが、1つ上の新卒の先輩や中途で入ってこられた先輩方に恵まれ、何とか乗り越える事が出来ました。

具体的な、コンフォートゾーンの作り方は分かりませんが、とにかく辛い時には無理せず、顔に出すという事を意識してました。笑(⇐周りが勝手に心配してくれる)




そして最後が、『PDCA』です。(書き出すときりがないので、簡潔にしときます)

ここが一番実践的な話になるのかもしれませんが、自分の場合は色々なHow-to本をとにかく読み漁りました。社会人としての心得的なものから、業務の進め方や文章の書き方などまで。

その時々で自分が課題だと認識しているものに対して、試行錯誤しながら対処法を考えて実践して、ダメだったら改善して、、、などの繰り返しをひたすら行いました。

地道ですが、現在もその繰り返しで、いまは技術の知識をしっかり身に付ける事を目標に、日々の業務にあたっております。

このように、自分でPDCAを回せるように(=そういったメンタル状況に)なると、とりあえずはひと段落だと思います。その後はとにかく実践あるのみだと思うので。

普通にやってても怒られる事はたくさんあるので、めげずにひたすらトライし続ける事が大事かなと思ってます。


だいぶ長々と書いてしまいましたが、
以上が私が新卒の1年間を通じて経験し、感じた事です。

なので改めていま、昨年度を振り返ると、
たくさん失敗し、たくさん怒られながらも、必死に目の前のギャップを埋めるべく『崖登り』に挑戦した1年だったな思います。

まだまだ、頂上は全く見えませんが、今年も地道に登っていきます。


P.S.
皆さんの辛い経験、絶賛募集中です。
どしどしコメント下さいませ~(辛い時にはみんなで助け合いましょう)

2017年2月15日水曜日

8th セメスター

先日、ついに大学最後のセメスターが終了しました!
長いようで、本当にあっという間に過ぎ去ってしまった4年間でしたが、これまでの人生で一番濃い4年間だったなーと心から感じています。

最後のセメスターは、ここにきてやっと一般的な大学生ライフを送る事が出来た気がしました...
卒論は書かないといけなかったのですが、それ以外はほぼ何もすることが無く自由だったので、大学で初めて学外アルバイトを始めて、夜遅くまで友達と温泉いったり、カラオケいったり、マックいったり、などなど深夜3時寝で昼の12時起きみたいな生活してました。。。

楽しかったです。笑

色々大変な事もあったけどAPUに来て良かったなと思えるほど、周囲の環境や仲間に恵まれた事に感謝します。
尊敬できる先輩たちにもたくさん出会えて、お互いに刺激しながらも支え合える同級生もたくさんできて、一生懸命ひたむきに努力する後輩たちもたくさんいて、最高の4年間でした。

このラストセメスターが自分の大学生活の集大成であると思い、悔いがないものにしようと思っていましたが、皆さんのおかげでやりたいことを全部やり遂げれたかなと思います。
単位関係なく好きな授業を受け、のんびり卒論を書きながら、安藤百福にも応募して、バイトして、温泉たくさんいって、みんなで騒いで、、、
まだまだやるべき事はあったかも知れないけど、それでもこの数か月間はやりたい事だけに専念できた充実した時間でした。

いやー、早く働きたい気持ちもあるけど、大学生活が終わるのはやっぱ寂しいですね。
これだけやりたい放題できる時って、きっとこれからはなかなか無いと思うのでAPUでの充実した経験を糧に、仕事でも120%の力で頑張っていこうと思います。

2016年8月12日金曜日

7th セメスター


おひさしぶりです~

先日にセッションも終わり、僕も晴れて夏休みに突入しました!
大学生になり4回目で、学生最後の夏休みです…今は実家でのんびりしてますが、後悔しないようにしっかり楽しみます。

夏休みについては後日また触れるので、今回はいつものようにセメスターの振返りを記録しておこうと思います。


今セメは就活の関係で2Q復帰となり2ヶ月間のみでしたが、APUは相変わらず濃い経験をさせてくれました。
本当に色々な事を考えていたのですが、特に気付いたのは、僕は時間があり過ぎると生活崩壊してしまう。。。という事でした。

5月に就活の面接等もひと段落し、大学開始前にひと月ほど地元でのんびりしていると、リラックスし過ぎたのか「やる気スイッチ」完全OFFの状態で大学に行ってしまい、序盤は色々とやらかしました…

まぁ、こまごました事は多々やらかしましたが、一番ひどかったは授業の履修変更期間を忘れていて、本来は授業3つだけ履修する予定だったところを変更し忘れ、8つも履修することになりました。笑

でもそんなこんなで、強制的に「やる気スイッチ」を入れられ、4回生なのにまるで1回生のような多忙な日々に追い込まれました…笑

しかし!やっぱりそれ以前のダラダラした生活と比べると色々と充実した生活を送ることが出来ました。最初は面倒くさいから“F”でもいいかなとか思っていましたが、少し受けてみると意外と面白い授業もあり、やっぱり4回生になり色々と知識がついてから受ける授業は、その分学びも大きいなと感じました。

国際経済、マクロ経済、アントレプレナーシップ、投資証券分析、ブランドマネジメントなどなど、
面白い授業が多かったです。

というかやっぱ、自分って知らない知識や経験を身に付ける事が好きなんだなと実感しました。
本気で大学院にも行ってみたいとか考えています。。。まぁとりあえずは働いてお金を稼ぎます笑


その他では、就活に関して今もそーですが悩ましい時期が続いていました。
自分のやりたい事を貫いて地方で働くか、少し寄り道になるけど東京で経験を重視するか…
将来に大きな影響を与える選択だけにどっちが自分にとってBESTな選択かを考えるけど、正解のない問いでひたすら悶々と悩み続ける日々でした。

結果としてはまずは東京で働く事に決めましたが、完全に納得できているわけではありません。
でも決めたからには精一杯全力で頑張ろうとだけは決意しています。
どーなるか分からないですけど、モヤモヤし続けるより早く働きたいです…

こんな感じで、就職活動について悩みながら、学校生活もまーまー忙しくしながら、割と充実した生活を送れたかなと思います。

でも友人たちは今セメで別府を離れる人が多いので、次の最終セメスターが少し心配ですね…
まずは夏休みを満喫して、そこから最後きちんと悔いのないように大学生活を締めくくりたいと思います。がんばろ~




唐揚げ食べながら、夕焼けと共に感傷に浸る
いつまにやら4回生…

マックでオールからの朝日、、、きれい

ゼミのご飯会。最高に楽しいゼミです。。。笑

みんなで環境啓発のイベントを開催しました~

2016年5月9日月曜日

嫌われる勇気


こんにちは~
みなさんお元気でしょうか?APUも今は平常に戻ってきたようなので、少し安心しました。
でもまだ余震は続いているようなで、みなさん用心して下さいね。。。


で、今回の投稿は近況報告というよりは、
最近わりと時間があり、いくつか本読んだので、その紹介でもしよーかと思います。
できれば、今後もおススメ本といった形で少しづつ紹介でもしていけたらよいかなと考えております…

てことで、まずその一冊目は最近話題の、、、


「嫌われる勇気」
著者:岸見一郎/古賀史健


について取り上げてみます。



内容としては、 

簡潔にまとめると、人が生きていく上で重要であるであろう考え方をアドラー心理学の視点から説いている著書です。書き方もユニークで対話形式になっており、

アドラー心理学を研究している “哲人” と人生に悩める “青年”

との会話の中で人生相談を行っているような形になっているので、自己啓発本の中でも読みやすい方ではないかと思います。

具体的には、
○○と書いてあったチラシを見つけた青年が、そんなことはあり得ないとこの哲人の所へやってきて論破しようとするとこから始まります。しかしながら、やはりそう簡単に論破できる訳もなく、アドラー的な思考で応答していく哲人に、青年は次第に自分自身と向き合わなければならなくなってきます。


「過去の出来事に人の人生は大きく左右される」

という青年の主張に対して、哲人は

「問題のは過去に起きた出来事ではなく、それにどのような意味づけを与えるかという現在が大切なのである。」
「アドラー心理学ではトラウマの存在は否定する。」

など、過去に○○があったから現在○○であるというような、フロイトの原因論とは異なり、
○○ということを達成するために今○○を行っているという、目的論をアドラーは説いており、

今この瞬間を意識した物事の捉え方を紹介しています。

「人生に過去も未来も存在しない。」
「人は変われないのではなく、常に連続して “変わらない” という選択を行っている。」

といった、新鮮かつ明快な答えで、青年と共に私達読者の人生観も広げてくれるものだと思います。
過去のトラウマや将来の不安があり過ぎて大変だ…
今の自分を変えたいけれど、どのようにすればよいか分からない…
などの悩みを抱える人たちには良い本かなと思います。


個人的な感想は、

非常に興味深く、納得できる内容でした。

「他社からの期待を満たすために生きているのではない。」
「自分が自分のために人生を生きないのであれば、一体誰が自分のために生きてくれるのだろうか。」

など、最近気を付けていた事であったので、読んでいてとても納得していました。

また、この頃は自己啓発本を読むことが多いのですが、その多くがこのアドラー的な考え方を説いているものであるなとも感じました。今後そういった本も紹介していきたいと思います。

しかし実際問題、ここに書かれている内容を全て実践できるかというと、「叱ってもいけないし、褒めてもいけない」など、いくつかに関して難しいなーとか思う部分もありましたが、それでも全体的には賛成できる事柄が多かったです。

特に大事だなと感じたのは、
「人は馬を水辺にまで連れていくことは出来るが、そこで水を飲むかは馬次第である。」
という “自分の課題と相手の課題を分離する” という考え方で、最近TAなどを通じて感じていたことであったので、とても共感することが出来ました。

本中で青年が「そんなものは理想論だ!」と言っている場面が何度かありましたが、
確かにその通りであるとは感じました。
しかし、内容としては本質をついていて、とてもシンプルで納得させられるものかと思います。

そんなに堅い内容でもないし、読みやすい本だと思うので、興味をもってみた方はぜひ読んでみてはいかがでしょーか。。。



P.S.
タイトルついに変更しました!気付いてくださった方もいらっしゃったでしょうか?笑
特に深い意味はないのですが、僕の人生まだまだこれからということで、「~へ向かっている途中」という意味の “on my way to” というものにしました。不定期ですが書いてると自分のためにもなるので、今後も気が向いたら更新していこうと思います。

こんなイメージ↓笑

がんばりまーす!